【強迫性障害】曝露療法や曝露反応妨害法など【自力】

(最終更新日:2022/03/26)

【強迫性障害】曝露療法や曝露反応妨害法など

 

曝露療法や曝露反応妨害法は、平易な言葉で説明すれば、症状に対して「慣れ」を生じさせることです。

 

専門にはこの「慣れ」を脱感作(だっかんさ)と形容します。

人間は物事に慣れる生き物なので、嫌いな事や苦手な事であっても何度も何度も繰り返していけば、慣れが生じ、苦手なことを克服できたりするわけです。


この性質を利用したのが、曝露療法に代表される曝露反応妨害法です。

 

曝露療法と曝露反応妨害法の違い

 

 

🔵曝露療法は、苦手なことに徹底的にチャレンジさせ、慣れを生じさせることによって克服を目指す克服法です。

 

 

🔵曝露反応妨害法は、苦手なことにチャレンジさせることには変わりはありませんが、反応妨害法という名前からわかる通り、強迫観念や強迫行為を「やらない」「しない」という負のフィードバックを形成することにも力を入れます。

 

両者とも、オペラント条件付けを用いた系統的脱感作作法の一種ですが、既報の通り曝露反応妨害法では「やらない」「しない」という負の方面にも同様に力を入れるのがその特徴です。

 

両者は、今現在では(認知)行動療法にカテゴライズされます。

 

曝露療法や曝露反応妨害法の矛盾点

ネット上で一部称賛されている曝露療法や曝露反応妨害法には大いなる矛盾点が存在します。

例えば、

強迫性障害に苦しんでいる人ではそもそも5年、10年、20年・・・・・・と言ったような長期的なスパンで症状に苦しめられている人が極めて多く存在しています。

 

矛盾点と言うのは、

5年、10年、20年と強迫(神経症)で苦しんできたのであれば、その年数の間に「どれ位の回数、自分の症状を曝露してきたのか」ということで、同時に何故この種の人は(この無自覚的)曝露療法で症状が治っていないのかという話
です。

 

5年も10年も生きていれば、例えば対人恐怖の人であれば、曲がりなりにも自分が苦手な場面(人と接すること)を数えきれないほど既に経験してきたはずです。
(例えば、より短期的な期間である2年3年であっても暴露回数は相当な回数に昇ることでしょう)

 

その期間内に、細菌恐怖や不潔恐怖の人は何百、何千または何万回、細菌や不潔と思しきものに曝露されてきたのでしょうか?


日々の生活でも毎日毎日、何年も何年も生きてきたのであれば、その種の自分の苦手な事象に繰り返し繰り返し、数えきれないほど曝露されてきたはず
です。

であるならば、
何故、こうした人は治っていないのかという話です。(このような経験を持つ方が私の顧客の方に山ほど存在しております)

 

また、私の顧客の方には70代になるまで強迫観念(確認強迫、不潔恐怖等)に苦しんできた人がおられましたが、この種の人等も山ほど曝露体験を積んできたでしょうに・・・・・・という当然の感想が生じます。

70年(実質は60余年程度)も同症状を経験してきたのであれば、星の数ほどの暴露体験を既に積んでいるはずなわけです。

 

このように、加害恐怖で悩んできた人、不潔恐怖で悩んできた人などその強迫観念の内容を問わずに、何百回、何千回、既に曝露体験または曝露反応妨害体験を曲がりなりにも山ほど積んできたわけです。

 

こう言うと、
やらない方面への条件付け(この場で言えば曝露反応妨害法の反応妨害法の部分)が足りないからだという批判が聞こえてきそうですが、そもそも、いったん湧いた強迫観念や強迫行為というモノは生理現象(感情)ですので、それを無理に抑制することはできるものではありません。

 

例えば、
食欲(≒感情、衝動)に対して、反応妨害法を行い、食欲を全くの難なく完璧にコントロールできるという人がどれほど存在するのかというのとこれは同じ話になります。

食欲を完璧にコントロールできる人は100人に1人も存在しないことでしょう。
食欲は生理現象(感情、衝動)なので当たり前です。

 

曝露反応妨害法の理論をこの例に当てはめるて考えた場合、
それは、腹が減っても必要以上飯を食うなと言っているのと同じことになります。(食べないこと(我慢すること)を選択することで、脳の食欲に関する神経回路が弱体化するので食べないでいることが可能になるという理屈ですが、生理現象にまでこの論理を持ち込むのは乱暴過ぎます)

 

これには同種の欲求である性欲、睡眠欲なども同様に当てはまりますが、食欲、性欲、睡眠欲というモノは感情(衝動)であり、感情であるということはそれは生理現象そのものであることを意味します。

 

 


強迫性障害の強迫観念や強迫行為(行いたいという衝動も含む)もまた、生理現象です。

つまり、
強迫性障害の強迫観念や強迫行為は、食欲、性欲、睡眠欲と全く同相の生理現象であるということが出来ます。

 

 

コラム:曝露療法や曝露反応妨害法の危険性、デメリット

 

⚠:曝露反応妨害法は、この”生理現象”を「抑制しろ、我慢しろ、無視しろ」と教えますが、こうした行為は、むしろ余計にその感情(生理現象=強迫症いわゆる強迫観念、強迫行為)を強めてしまう*という危険性をはらんでいるわけです。

 

*人は禁止されればされるほど(欲求を抑圧すればするほど)、その欲求を解消したくなる性質を持つ。
(=「宝箱を開けるな」と言われると逆に「宝箱を開けたくなる」心理)

禁止、抑制されればされるほど強迫観念(≒感情)は逆行する性質を持っており、こうした当たり前の事実を曝露療法各種は無視している嫌いがあり、根性論的な側面を持っているのはデメリットであり危険性と言えます。

(関連記事:)
強迫性障害を強迫観念を無視して克服する?
加害恐怖で罪悪感を感じる人へのアドバイス【※重要】

限界効用逓減の法則は曝露療法、曝露反応妨害法にも働く

【画像の参照元】
https://president.jp/articles/-/24469?page=2

 

曝露反応妨害法や曝露療法などの(認知)行動療法は人間に元々存在する行動特性に働きかけたモノでありますので、実際に効果はあるモノと言えますが、心理カウンセラーや臨床心理士等はその効用を明らかに誇大に宣伝し過ぎています。

 

 

(そもそも、この類の療法は極めて古典的なモノであり、大昔から存在するモノです。実質的、メカニズム的には全くもって真新しい療法ではありません。
曝露療法や曝露反応妨害法の類は、理論的または実践的には大昔から存在するモノであるという事実が存在するにも関わらず、「なぜ強迫性障害が実際に治った人は今までに殆ど存在しないのか?」という話です。もう、この時点でその理由を説明するまでもありません)

 

繰り返しになりますが、
2年も5年も10年も強迫性障害で悩んでいるのであれば、既にその人は、かず数えきれないほどの曝露体験を経験しているはずです。

こうしたことが起きるのは、
曝露療法でも曝露反応妨害法でもその効果は繰り返せば繰り返すほど、効果が頭打ちになっていく性質を持っているためというのも一因です。

いわゆる曝露療法や曝露反応妨害法においても、
限界効用逓減の法則が働くわけです。

すなわち、ある一定まではある程度の効果が出ても、繰り返すほどに、それ以上の効果は見込めなくなっていくということです。

(限界効用逓減の法則は難しい表現ではありますが、食欲の満足感を例に出すとで簡単に理解することが出来ます。例えば、お腹が空いているときに最高においしいモノを1回食べると最高においしく感じますが、連続して2回、3回、4回・・・・・・10回と同じ食べ物を連続して食べていくほどおいしさは減滅していくという性質がそれです。10回も20回も食べ続けると終いには嫌になってしまう(おいしさはなくなる=効用(効果)の逓減))


つまり、この種の行動療法的な克服法は根本解決になることはほぼない効果が限定的な根性論的療法またはあくまでもサポート的療法であるとより多くの人において言えること
でしょう。

(繰り返しとなりますが、曝露療法とはメカニズム的には大昔から存在する古典的な療法であり、それに反応妨害法を組み込んだ曝露反応妨害法と言っても何も革新的なモノではありません。

昔から強迫性障害の類の神経症は治らないモノとされてきましたが、数多くのこれら昔の人達はこの種の行動療法いわゆる曝露療法的な克服法を受けてきても、実質治った人は殆ど存在しないわけです。

要するに、この種の療法の効果は限定的なモノであると言ってよいモノなわけです。効果が限定的なモノであり、かつ限界効用逓減が働くのでありますから、さらに効果は希薄化するわけでなおさら誇大な期待すべきモノではないというのが私の考えですが、現状この療法を推す専門家、個人等が多くいます。が、知らべてみると、この種の人々は皆利害関係者であるという点で共通項を持っております)

曝露療法や曝露反応妨害法は自力でできる【私の体験談】

私は曝露反応妨害法や曝露療法は自力で行いました。
四国遍路を野宿をしながら行ったり、自衛隊に入隊し長期間集団生活を行ったり、海外で野宿やヒッチハイクをしながらの冒険的生活を行ったり等です。
(これらすべての期間を累計すると6,7年以上)

これらの話を詳細に書くと一冊以上の本が出来ますが、客観的に見て極めて危険なサバイバル生活も数多く行って参りました。したがって、それ相応の修羅場、それに類する体験を幾重も踏んでおり、“生易しい曝露体験または反応妨害反応体験ではなかった”ことと存じます。

 


↑例えば、過去の私はオーストラリアをヒッチハイクで回っていた時に街中(ポートヘッドランドという街)の道路沿いにテントがなかったのでシートを敷いてごろ寝しました(上記黄色線内)
夜に人は通りますし、寒くもなります。シャワーを浴びることもできません。こうした野宿は四国遍路で慣れていましたが、治安の問題を抱える海外でのそれは緊迫感が違いました。


↑01:21に出てくるショッピングモールのすぐ近く(300mほど南)でした

こうしたことは無駄ではなく、実際に役に立った(効果があった)のは間違いがないことですが劇的な効果があったわけではなく、ある程度までの改善ということです。

(関連記事:)
私の強迫性障害克服体験談

 

🔵何故なら、脳の気質的な問題が強迫性障害などの神経症にそもそも根本的に関わっているからです。

 

しつこいようですが、

🔵強迫性障害にせよ何せよ神経症というモノは、脳の機能障害であり、こちらが何よりも先にあるわけで、ここに介入しない限り、クリティカルな改善は見込めるモノではありません。

 

✅:克服の大前提は、強迫性障害で言えば、「強迫観念が浮かびづらい脳の状態」をまず第一に作ることとなります。

(関連記事:)
🔵強迫性障害を自力で克服するのに大切なこと

 

まとめ

 

🔵リラックスしづらい脳、強迫観念が発生しやすい脳を持った人は、サプリメント薬等食事運動瞑想を用いた直接脳の機能に強力に介入する方法を取る必要があるわけです。

 

曝露療法や曝露反応妨害法うんぬんかんぬんはその前提条件の一部に過ぎず、今すぐ自分で実行し、効果が頭打ちになるまで、すなわち極限まで実行するべき課題であるというのが私の考えです。
(それでも、曝露療法や曝露反応妨害法では気休めやサポート程度のいわゆる限定的な効果しか見込めないでしょう)

 

既報しましたが、過去の私自身、必要最低限の暴露体験(反応妨害体験含む)は全て積んでおります。
(既述の自衛隊生活、海外での野宿生活やヒッチハイク生活または海外(中南米)でのホームレス生活、四国遍路や路頭での辻説法及び路上販売、ナンパ等全て私は経験済みで、最低限こうした体験は意図的に積んでおります)

 

言葉悪くなりますので、こうした話をするのは正直馬鹿馬鹿しいので、これ以上、書くのは止めておきますが、
この種の療法はその効用が過剰宣伝されておりますので、心理カウンセラーや臨床心理士の類の話などは、ポジショントークとしてかなり割り引いて見聞する必要があるわけです。

(上にて既に例証してきましたが、そもそもの話、強迫性障害に長年苦しんできた人は、自覚的または無自覚的に既に数えきれないほどの曝露体験も反応妨害体験も積んできているわけだからです)

 

ということは、曝露療法や曝露反応妨害法というモノはクリティカルな効果を強迫性障害の各主症状に対して示現しないモノであると見るのが極めて妥当です。

したがって、行うのであれば、「サポートや気休めとして」実行するべきであり、これにより完全に強迫性障害各種を克服できるというような甘い期待は持たない方が賢明です。


↑脳が症状を産み出すという経路は強過ぎるわけで、意図的な考え方または行動の変遷から脳へ影響を与える経路(いわゆる曝露療法や曝露反応妨害法が目指すアプローチ)は弱過ぎるわけです。

(関連記事:)
強迫性障害克服における認知行動療法の位置づけ

端(はな)から、脳側に直接介入する手法を取ることが、この強迫性障害という問題を克服する最大の秘訣となります。

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